2018年02月20日

読了『辛くならない絵の描き方』松村上久郎

 これは確かに絵の技術書ではある。だが、上手くなるためのものではない。絵を楽しむための技術書だ。
 「上手になる」は本書だと、「続ける」の下に位置づけられている。

 絵以外にも、創作全般に言えることが多く書かれている。初心に返るための、良書ではないだろうか。
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2018年02月13日

読了『表現とはなにか 系の世界』横溝洋

 ボクが大学に入った頃。周囲との読書量の差に愕然とし、評論も読まねばと思ったけど、何を読めば良いか分からない。そこで古本屋のワゴンにあったのを手当たり次第に買ったのが本書。
 だからボクが生まれて初めて読んだ美術評論ということになる。

 けど当時はちんぷんかんぷんで、途中で挫折したまま積んでいた。
 それを今になり改めて読み返したのだけど。今だから分かる。これ、専門用語を並べて、読者を煙に巻いているだけだ。内容も大したモンじゃない。

 戦後の左翼系アカデミズムの、よくあるパターン。他人の受け売りばかり。
 やたら日本をこきおろす代わりに、中国を賛美してみたり。社会芸術という概念を説くのも、共産主義独特のアレ。
 本人はどうやら中東芸術を元ネタに創作しているようだが。まあ当時なら珍しいかもしれないけれど。情報化社会の現代では通用しないだろうなあ、と。

 ただ、ひとつだけ。恐らくは著者自身がちゃんと考えた論なのだろう。ボクもこれだけは昔から、今まで影響を受けている論がある。
 芸術を2×2のグリッドに分け、「貴・尊・賤・卑」の四つにカテゴリしてある。
 こんなふうに。
貴│尊
─┼─
賤│卑
 これの面白いのは、芸術とは隣接したマスへ変化するというのだ。庶民の「賤」がなければ、特権階級の「貴」は成り立たない。金のない「卑」も追求すれば、宗教のごとき「尊」に至る。ただし「貴」と「尊」の間には障壁があり、行き来することはできない。「貴」が「尊」になりたければ、一度「賤卑」に降りなければならない。

 ……ここだけは今読んでも、自分の頭で考えたのだろうな、というのが文章だけで分かる。
 正直、とても何十年と読み継がれる古典になれるかというと、厳しいのだけど。「貴・尊・賤・卑」の箇所だけ、恐らくボクは覚えていると思うのだ。
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2015年11月05日

読了『内なる創造性を引きだせ』ベティ・エドワーズ

 絵描き指南書なのだけど。かなり観念的というか、「絵を描くとは何なのか」という根本から入っている。結果、「創る」よりも「見る」に重点が置かれている。

 つまり、訓練されていない人間は脳の作り出した偏見・錯覚・固定観念に囚われている。ありのまま・見たままを描くとは、本当は難しいのだ。ではどうするか、と幾つかの解決法が紹介されている。

 これは小説でも憶えがある。
 初心者の書いた文章というのは、あまり背景が分からない。どうやって書いたのか聞いてみると、漫画をイメージしましたという。だいたいの観念を元に創作を行っているから、他人と共有ができないのだ。

 芸術とは「わけがわからないもの」ではない。他人とイメージを共有するための写生がどんなに難しいか。基礎としての「見る」を通して、本書は芸術の在り方を教えてくれる。

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2015年11月04日

読了『スクール・オブ・グラフィックデザイン』

 デザインに限らず、創作仕事のコツとしても充分、参考になった。小説もデザインも、結局は両方とも「ユーザーのためのモノ」を作る商売だからなのだろうな。

 更にデザイン系の方ならば、もっと得られるものは多いはず。

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2014年02月03日

読了『ポール・ランド、デザインの授業』

 具体的なデザインテクニックを小説創作に応用できないかと思って読んだのだけど。うーん、どうにも精神論が多くて曖昧だった。もちろんデザイン畑の人ならば、経験と本書の内容が結びついたのだろうけど。

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