2009年12月06日

コンテンツとブラックスワンに関する覚え書き

(Black swan theory)認識論学者で元ヘッジファンド運用者としての経験を持つエッセイスト、ナシーム・ニコラス・タレブ(Nassim NicholasTaleb)氏が、2006年に刊行した著書「ブラックスワン(The Black Swan)」で説明している理論。
従来全ての白鳥が白色と信じられていたが、オーストラリアで黒い白鳥が発見されたことで、鳥類学者に大きな驚きを与えた。従来からの知見では、黒い白鳥はいないとされていたためだ。黒い白鳥の発見により、鳥類学者の常識が大きく崩れることになった。
タレブ氏は、この出来事を元に、確率論や従来からの知識・経験からでは予測できない極端な現象が発生し、その現象が人々に多大な影響を与えることを総称して「ブラックスワン理論」と呼んだ。
米国のヘッジファンド運用会社ユニバーサ(Universa Investments)は、同理論に基づいた投資戦略を持つファンドを運用しており、同社にはタレブ氏もアドバイザーとして参加している。


 コンテンツ・ビジネスのマーケティング……というか業界論を説く者ほど、すぐに「○○は駄目だから」という結論を下したがるような気がする。
《例》
「ラノベはずっと売れていないから、もう駄目だ」

 だけどラノベに関して、古参のラノベオタからいわせてもらうと。「ラノベが駄目」だったのは、もうずっと昔からなんだよ。いや、むしろラノベが「駄目でない」期間なんて、ほとんどなかっただろう。
 それを、一時ちょっと売れたから、売れなかったからと、ジャンル全体について語ろうというのがおこがましい。

 どんな世界にも《ブラックスワン》の存在は確認できるものだけど。恐らく、コンテンツ・ビジネスほど、《ブラックスワン》だらけの世界はないのではなかろうか。
 そして《ブラックスワン》の存在ひとつで、全てのマーケティング理論というのは、ひっくり返ってしまう、なぜなら、予想できなかったからこその《ブラックスワン》なんだから。
 そんなこと、ラノベの世界でも珍しくはなかったはずだ。
《例》
前提:ラノベ業界はもう駄目

天才新人デビュー

ラノベってやっぱり流行してるね!

粗悪品[エピゴーネン]の氾濫

やっぱり駄目だよ。

(以下、繰り返し)

 というようなことを、ラノベ《業界》批評を行っている人たちは把握しているんだろうか?
posted by はまさん at 23:41| Comment(0) | TrackBack(0) | 文学的(批評法)

2009年09月18日

小説技術メモ/批評

テレビで、スポーツや政治の評論家たちのコメントを聞いていて思ったのだけど。まだ見る未来の結果に対して、他人のやり方を批判して否定するような言説が、いわゆるコメンテーターには多い気がする。「あいつのやり方では駄目に決まっている」とか「このやり方では失敗するに決まっている」というように。

でもさあ。じゃあ、コメンテーターたちの意見が正しいかと言うと、そうとは限らないのだよね。実は、相手を貶めることで、相対的に自分の正しさを主張しようとしているだけに過ぎない。だから、そうした「自称コメンテーター」の意見と言うのは、相手が間違っているとは限らないし、更には自分が正しいとも限らない。《正しさ》という意味では、インチキ占い師の大予言と変わりはしない。

単にdisってるだけじゃ、批評活動たりえないよなー。その言説でもって、いかなる社会を構築しようとするのか、意識しなきゃ批評にはならないんだ。

……注意しよう。
posted by はまさん at 00:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 文学的(批評法)

2009年05月27日

辛口批評で炎上しているブログがあったでござる

 辛口批評だとしてプロの作品を散々にコキ下ろしていたら、「プロに対して何を偉そうに」とか「それば辛口批評ではない、単なる悪口だ」などと炎上しているブログを見かけました。

 それに対してまた批評者が、「俺がこう感じたのは事実なのだから、何が悪い」とか「正直な感想を述べたまでだ」とか「作者以外のクレームは受け付けない」と反撃してみたり。
 しかもこの方、一応は小説書きを自称しているというのに「自分はまだプロではない、一般人だから何をいっても構わないんだ」とかね。それって責任逃れじゃないのかよと。
 あげくは「なんで読者は自分とズレてるんだろう」だなんて、オイオイ、それは読者を否定しかねない台詞だよ?

 うわあ……。色んな意味で、これはひどい。
 えっとねー。

 その批評を読んだ人が「これは単なる悪口だ」と感じてしまうのならば。辛口批評であるとして、「確かにこのような読み方もあるなあ」と読者を納得させられなかったのならば。
 これはやはり、批評者の力量不足であり。失敗だよね、って話です。

 だからボクも、批評者の立場を絶対であるとは考えていない。
 どんなに注意していても、作品とは失敗するものです。だから失敗を指摘されたのならば、認めるべき箇所は、素直に過ちを認めるべき。認められないのならば、きちんと論じ合うべきなのであって。
 それを、クレームは受け付けないとか、読者の方が悪いとかね。プロではない一般人の批評家は好き勝手に悪口をいっても構わないのか、自らの言説に責任を持たなくても構わないのかと問われたならば。ボクは断じて否であると答えることだろう。

 ま、実際にその方の辛口批評に対する、これはボクの感想なのですが。
 他作品と比較して、「ネタが気に入らない」というだけ。「……と言う気がする」や「……と思った」ばかりの印象批評で。印象に対する根拠が説明されない。そして最後に少しだけ「でも、自分はその作家さんを批判しているわけではないんですよ?」と自己弁護の言葉を付け加えることで、免罪符代わりにしようとしている。
 ああ、これでは説得力は生じないだろうな〜。そりゃ炎上もするよな〜。てな内容のものだったのです。
 要するに下手だから、辛口批評を自称していても、悪口にしか聞こえなくなっていると。

 批評にもね「ウデ」が存在することを皆、知っておいた方が世の中は平和になる気がするよ……。

 ただこれ、炎上させている方々も悪い。
 下手糞な辛口批評に対しては、上手な辛口批評でもって返してやるべきなのだ。どこがどうなっているから、あなたの批評は伝わらない、だから悪口になっているのだ、とね。
 しかし、この炎上。小説書き関係者が多いのか。元となる辛口批評より、炎上内容の方が作品としての出来が良いのは、悲しいところだよなあ(苦笑)

 まあボクは無関係なのでROM専でスルーさせてもらいますけどね。それもまたネットとの正しき付き合い方のひとつ。
posted by はまさん at 23:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 文学的(批評法)

2009年04月30日

小説技術メモ/批評

最近になって、つくづく思い知らされることがある

対象となる作品や、その作品を書いた人の人格へ
侮辱したり、否定したりする
《批評》ではない、いわゆる《批判》というのは
自分が誰からも攻撃されることのない安全地帯に立っているからこそできる
とても無責任な言説なのだろうな

うーむ。
と、ここでボクは考え込んでしまった。

……駄目だ
「じゃあ無責任に誰かを好き勝手に《批判》して、何が悪いの?
自分には関係ないじゃん、そんなの自由だろ」
と反論されて、どう返せば良いのか。
今のボクにはまだ、用意ができていないや。

「ボクがそんなの気持ち悪いから、駄目だよ」じゃあ
説得力はないしね

考えておこう。
posted by はまさん at 00:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 文学的(批評法)

2009年03月12日

小説技術メモ/眼高手低

 眼高手低に陥るのかどうかは、小説書きにとっては重要な問題だ。特に、「小説家になりたいと憧れてはいるけど、実際に小説を書くのは面倒臭い」と言う人にとっても。
【眼高手低】
理想は高いが実行力が伴わないこと。特に、批評する力はあるが創作力がないこと。
(Yahoo辞書より)

 でも気が付いたんだ。眼高手低は「批評眼の高さと、手(技術)の低さ」によって起こるのではない。眼高手低は、自らが持てる力[リソース]の振り分けで生じる。
 自分のことよりも、他人のことばかり気にする人間。ただし他人とは言っても、読者のことはもちろん、常に意識していなければならないので。
 つまり、自分で作品を書くことよりも、他人の作品ばかり気にしている人間が、眼高手低に陥るのだろう。
 第一、眼高手低で技術力が低いからと言っても、じゃあ批評眼が必ずしも高いわけじゃないだろうしね?(←我ながら何という悪舌)

 とすると眼高手低の解決策も簡単だ。自らの批評軸の中心を、他者に置いているからマズいのだったら。他人のご機嫌なんて見なければ良い。ただ、自分がターゲットとする読者を楽しませることだけを考えれば良い。ハイ、これで《眼高》はなくなった。
 と同時に、そうすれば比較対象も見えなくなるので、「他人と比べたら自分はヘタだから」なんて《手低》も解消する。

 つまりは、眼高手低とは一生懸命にせっせと自分の作品を書かない人間。もしくは書けなくなった人間が陥るものなのだろうね。
 ……それでも。それでも、だ。「書きたくない」のも、「書けない」の仕方がないけど。自分と、読者と、原稿用紙だけにジッと向き合ってさえいれば、眼高手低に陥るものではないのだけどなあ。
posted by はまさん at 00:24| Comment(4) | TrackBack(0) | 文学的(批評法)