2007年09月27日

小説技術メモ/論文の基礎

論文を書いてみたのに、どうも支離滅裂になってしまっている、と言う場合。
まずは「序論」を明確にしましょう。
序論さえ決まれば、ラストまでの道筋も自然と見えてくるものです。

基本的には、序論から既に論文の本題に入るよう心がける。
でないと読者が退屈してしまいます。
この辺りは、小説における冒頭と似たようなものかもしれません。

序論で説明すべき事項は、
・この論文はどのような内容なのか。
・この論文はどのような目的で書かれているのか。

と言った、読者への紹介になります。

ちなみに、序論で以上のような内容を説明できていないと、
まずその論文は失敗します。

これは、逆の考え方もできるかもしれません。
論文に何を書くか、きちんと考えを整理できていない者は、
上のような内容の序論を書けないものです。



追記:
……いや、ボクも序論には苦労しているんですよ。ほんと。
アイデアは思いついても、序論の段階で失敗して、
自らボツにした原稿がどれだけあるやら。
posted by はまさん at 01:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 文学的(論説・随筆)

2007年07月06日

レポートや論文を書かなくてはいけない、全ての小説書きへ

レポートや論文のたぐいは書き慣れると、説明力が上がるぞ!

そして、「物事を順序立ててきちんと説明する」能力は、
どんな文章を書く時でも必要不可欠だ。
もちろん、含む小説文。
と言うわけで説明力の上達によって実は、かなり小説の腕も上がるぞ。

だいいち、エッセイの下手糞な小説家は、たいてい読者からバカにされてしまうものだ。
「あの人の書く文章って勢いだけだよねー」「ねー」と言うふうに。
これではうかつに、他人の作品に推薦文も書けやしない。

逆に、エッセイ「も」巧い小説家はすごく尊敬される。
「この人の書く文章って的確で、芸が広いよねー」「ねー」と言うふうに。

だから、例えば大学生でレポートや論文の宿題に追われているので、
小説が書けなくて修行になっていないと焦る必要はない。
それはむしろ、余所[アウェー]へ研修に行っているようなものだと考えれば良い。

それに、小説書きは「小説書き」である前に、「文章書き」でもある。
だから、どんな文章でも。例えそれが数行、数文字であったとしても、
自分の作品であることに間違いはない。
そして、毎日の生活は全て取材となり。あらゆる知識は資料となる。

ゆえに、上達できない、なんて日はない。
要は問題意識の有無である。

……とね?
こう考えてでもいないと、やってけねーっスよ。
やっぱり人間、毎日の生活に追われてしまうもんスよ。
口では偉そうに言っても、体は疲労が蓄積しちゃうもんスよ。
今年の夏は暑すぎっスよ。
きびしーっ。
posted by はまさん at 00:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 文学的(論説・随筆)

2007年01月12日

エッセイのコツ

 例えば政治に関するエッセイを書く際に「国際法がどーたら」とか「高名なる学者の誰それの言葉を引用すると」などと。一般人にしてみれば縁遠い事例を挙げて説明されても、まず大半の読者はついて来ません。

 そして、誰にも伝わらない言論では、社会も人も何も変えられない。論や知識の高尚さは、作品の価値をあまり決定しない。それなら低俗でも良いから、実感や体感として理解できるものを目指すべきなんじゃないだろうかね。例えば「この法案が成立したら庶民の生活は苦しくなるよ」とか「東京ドーム何杯分」とか「彼の横領した金で何人分の年金が賄えたはず」だとか。何かひとつ、感覚として共有できる、とっかかりを作ってやる。

 そのようにして、一般人が理解するのに難しい問題を、誰にでも伝えられる形に「加工」すると言うのは本来、すごく大切な作業なのではなかろうか。確かに、とても難しい作業ではあるだろう。だが難しいがゆえに、社会的なニーズは高いはずですよ。
posted by はまさん at 10:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 文学的(論説・随筆)

2006年08月01日

小説技術メモ/論説文

物事を説明する際において最も重要なのは、情報を提示する「順番」だ。
posted by はまさん at 01:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 文学的(論説・随筆)