2010年11月11日

なぜあの人は話下手なんだという件

 ボクはね、文章を書くに当たって、あまり「5W1H」というものを気にしていません。なぜなら、情報の受け手と共有していれば、省略可能だから。
 ですが最近になって気が付いた。話下手な人というのは、この「5W1H」を共有もしていないのに省略する傾向にあるようです。だから話下手な人の会話を聞いても、内容がすぐには把握できない。

 これは結局、文脈[コンテクスト]の問題なのだと思われる。前後のつながりが不明だから、「タコ」といわれても「凧」なのか「蛸」なのか、どちらか聞いている方は分からない。
 実際、話下手な人って、主語と目的語なしに会話しようとしてみたり。修飾語だけで会話しようとしていたり。受け手が勝手に文脈を理解しているという前提の下、すんごい省略をしてくれる。
 主旨とはコンテクストの中にあり、なんですな。

 ですから話下手な人と会話する際は、内容が分からなくてもすぐ怒ったりしない。一息ついて、どこを省略しているのか。パズルのように予想することで、案外と理解できる……こともあります。運が良ければね?
 その上で、「あなたの話はどこそこが省略されているから、他人は理解できないんだ」と教えてあげましょう。

 でないと、いつまでもイライラするのはコチラなのですから。
 というボクにとっての差し迫った問題でしたとさ。あああ、どいつもこいつもー!(怒)
posted by はまさん at 23:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 文学的(日本語文)

2009年11月30日

「煮詰まる」の使い方

 掲示板の方に、このような書き込みがありました。
【208】 行き詰る・煮詰まる さなぎ メール   2009年11月19日 22時41分

 はじめまして。
小説を書き進める上での注意点を言葉にしてもらえて、思考から霧が晴れました。
感謝しております。

読み進めている途中で常日頃気になっていた語彙があったので尋ねさせてください。

場所は「高等な技法」コンテンツの「語彙を忘れた時の対処法」です。
このページの下のほうに「煮詰まったら、別の語を使う」と書いてあります。
気になっていたのは、この文章の「煮詰まる」の用法です。
最近の用法では、行き詰った状態の意味を指しているようですが、どうにもしっくりこないのです。
お料理では「煮詰まる」は完成の意味ですよね?
しかし辞書にはどちらの意味としても書いてありますし、許容されるようになったとは理解できてもしっくりきません。
これはもう、個人の趣味で使い分けたらよいことなのでしょうか?

 こちらの記事のことですね。
http://www.h7.dion.ne.jp/~p-o-v/high/hudetoma2.htm

 ちょっと調べてみました。
参考:http://www.nhk.or.jp/a-room/kininaru/2005/02/0221.html

 そしてYahoo国語辞典にも、但し書きとして説明がありました。確かに正しくはないようですが、最近は間違いともいえないようです。恐らくは「犬も歩けば棒に当たる」とか「情けは人のためならず」といった言葉と似たような状況にあるのかもしれません。
 例えば「犬も歩けば棒に当たる」ならば「思わぬ不幸に逢う」のと「思わぬ幸運に逢う」という二種類の意味があります。「情けは人のためならず」という言葉も、「他人への親切は、巡り巡って自分へ返ってくる」という意味ですが、今では「親切は他人が自立する阻害になる」という意味が新しく出来てしまっている。
 同じように、「煮詰まる」にも最近になって別の意味が生まれてしまっていたのでしょう。

 ただしボクの場合は「煮詰まる」という単語へ、「完成した」という意味を全く持っていませんでした。完っ全に「失敗した」という意味だと思っていました。
 辞書には「煮詰まる」のことを「討議・検討が十分になされて、結論が出る段階に近づく」と書いてあります。ですがボクはてっきり、「討議・検討が尽くされた果て、逆に結論が出なくなってしまった状態」のことを「煮詰まる」なのだと覚え込んでいたのです。
 ……こういうことも、まだまだ日本語にはあるんですねえ。日本語こわい。

 辞書には一応、間違いではないと書いてあります。ですが、こういったものは無難が一番。使うのは控えておくべきでしょう。早速、直しておこうと思ったのですが……どうも他に良い表現がない。
 「行き詰まる」ではどうも、あの「煮詰まる」から生じる、焦げ付きぐちゃぐちゃになったイメージが湧かないのです。何というか、道に「行き詰まった」のならば、じゃあ引き返せば良いよ、って思ってしまいませんか?
 ボクはそう感じてしまう。

 ただし、やはり無難が一番。これからボクは「煮詰まる」を「完成した」という意味で使う時、「煮詰まって完成した料理のように」といった感じで、正確な使い方をしようと思います。「煮詰まる」だけで使うのは控えます。
 代わりに「煮詰まる=失敗する」というイメージも捨てるつもりはありません。「鍋が煮詰まり過ぎるように、尽きてしまった」と、比喩として使えば問題ないでしょう。

 というわけで訂正させてもらいました。さなぎさん、誤字報告ありがとうございます。
 ついでに、ブログの過去ログも全て訂正してきました。多かった……。疲れた……。
posted by はまさん at 23:53| Comment(0) | TrackBack(0) | 文学的(日本語文)

2009年11月21日

小説技術メモ/日本語

これはボクの経験から来る勘なのだけど。

「た」や「る」といった、同じ語尾が何度も続く文章は、
反復した内容の際に行うと良いかもしれない。

《例》単純作業、リスト化された情報の提示

ただし、特殊技法なので使うのは一部のみ。
全体に同じ語尾を使ったりすると、クドくなってしまう。

やっぱりね、同じ語尾を繰り返すなら繰り返すで、
何らかの効果を狙わないといけませんよ。ええ。
posted by はまさん at 01:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 文学的(日本語文)

2009年07月16日

小説技術メモ/複文と修飾語

修飾語を多用して、一文で全てを説明しようとするから、
複文になってしまうのだと気が付いた。
しかも形容表現をも多用することとなってしまい、描写が疎かにもなってしまう。

だったら、その複文を単文にしてしまえば良い。
この作業自体は、ごくごく簡単なものなのだ。
複文で使われている修飾語ならば、単文で目的語にしてしまえば良いのだから。
《実例》
「夏とは思えないほどの身を裂く寒風が吹き荒れる中、私は世にも恐ろしい敵と戦っていた」

「身を裂く寒風が吹き荒れる。夏とは思えない。私は敵と戦っていた。世にも恐ろしい相手だ」

この実例は更に推敲しなくてはいけないだろうけど……
今は勘弁させて頂戴ね。悪例を書くだけで疲れちゃった。
慣れてないことはやるもんじゃないわ。

で、思いついたのだけど。
修飾語のせいで複文が読みにくくなってしまうのならば。
「主語・述語・目的語」だけのシンプルな文章だけを繋げば、
何とか読めないでもない複文になるのではないだろうか。

複文を使う機会なんて滅多にはないと思うけど、
いざという時のために憶えておくか。
posted by はまさん at 22:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 文学的(日本語文)

2009年07月14日

小説技術メモ/複文

複文をあえて使いたいというのなら、修飾語は削った方が良い。

でないと、ただでさえ複文は読みづらいというのに、よけい悪文になってしまう。

というか……複文を使う機会って、パスティーシュ以外に存在するのか?
posted by はまさん at 12:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 文学的(日本語文)