2006年07月26日

ハイパーアマチュアと、プチクリと、マイドリーム : その10

目次:http://blogs.dion.ne.jp/hamalog/archives/3795034.html
前回:http://blogs.dion.ne.jp/hamalog/archives/3828435.html
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■プロデビューにかかるコスト(補足)

 ……夢のない話かもしれませんが、やっぱり正直に言います。プロデビューにおいて絶大な影響力を与えるものって、最終的にはコネの有無です。

 例えば日本文学ではずっと「文士」という人がいました。師匠となる作家先生のもとに住み込みで創作を学びつつ、たまにその師匠のツテで原稿を書かせてもらう。そうやって腕を磨きながら、顔を広げてゆく、と言うような人たちですね。
 田山花袋の『蒲団』に登場する芳子などは、例としてわかりやすいでしょう(……酷い例ではありますが)。

 実際今でも。
 大学のゼミでお世話になっている教授に紹介されて原稿を書くとか、サークルの先輩が紹介してくれて原稿依頼を受けるとか、と言った事例は少なくないでしょう。
 あと最近なら。アニメか何かのシナリオライターをやっていて小説を書いてみないかと紹介されるとか、作ったゲームの人気が出たので小説を書いてみないかと声をかけられるとか。色んな場合が考えられます。
 とにかく何らかのコネがない限り、仕事の紹介はやってきません。
 ただし、その「紹介」されて書いた原稿が認められるかどうか。更には、次の原稿依頼に結びつくかどうかは、本人次第なんですがね。

 とにかく自ら営業をかけるなり、誰かに紹介されるなり、仕事をしないとプロとしてやって行けない。そう考えるとやっぱり、プロとしてやってゆくには、顔の広さとかコネの有無って、大きいです。

 これは単なる憶測ですが。
 アマチュアのうちから創作活動を続け、横のつながりを広げていった。そのうちに有名になり、会社から声をかけられて仕事を受注するようになった。と言う、こんな経緯によるプロデビューって、意外に多いはずです。下手をすると、新人賞を通過してプロになった人より多いくらいに。

 プロクリエイターとは自らの腕に誇りを持つ者である、とは限りません。創作で商売をしている人こそがプロなのです。
 ゆえに「プロとしてやってゆく努力」がイコール、「作る努力」とであるとは限らない。
 「プロとしての努力」とはすなわち、商品を売り込むための、営業努力なのです。実力は営業をかける時に使う資料の、一項目に過ぎません。

 だから本気でプロデビューしたいのなら、新人賞なんて狭き門にこだわらない方が良いかもしれません。だって新人賞って、飛び抜けた実力者がひしめき合った中で、ひとりかふたりにしか栄光が輝かない。あげくに、新人賞を獲得したからって、別に即デビューってわけでもありませんからね。

 確実にプロになりたければ、業界人の知り合いでも作るか、金持ちの家にでも生まれた方が早いです。絶対。
 ああ、夢のない話だ。




(以下、追記)
 ただし以上の事情はインターネットの登場や資本主義経済の飽和により、流通システム、在庫管理方法、ブローカーの存在意義、作り手と受け手の距離、ターゲットとなるニーズ、マーケティングなど。すべてが劇的に変化しつつあります。何でも世界経済の根幹を支える貨幣価値すら将来的には意味合いが変わりつつあるらしいです。
 ただクリエイターに限って具体的には、コネ主義は限りなく縮小し、実力主義に移行すると思って良いでしょう。
 これはまた後で説明させてもらいます。
posted by はまさん at 00:31| Comment(2) | TrackBack(0) | 連載:ハイパーアマチュア

2006年07月25日

ハイパーアマチュアと、プチクリと、マイドリーム : その09

目次:http://blogs.dion.ne.jp/hamalog/archives/3795034.html
前回:http://blogs.dion.ne.jp/hamalog/archives/3788601.html
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■プロデビューにかかるコスト(2)

 どんな良い商品を作ったとしても、売れなければ、カネにならなければ、それは単なる趣味に終わってしまいます。創作活動をビジネスとして成立させることが出来なければ、プロとは言えません。

 ではそのためには何が必要か。自分が作った商品を流通に載せてくれる、ブローカー[仲買人]が自分にいるかどうか。これが、プロであるかどうかを分ける境界線です。
 別の言い方をするならば。ブローカーにビジネスパートナーとして認めて貰えた人間こそが、プロであるとも言えるでしょう。だから、実力を持ってなくてもプロクリエイターを名乗れている人は大勢いるのです。

 ならば、ブローカーはもっと多くのクリエイターと組んで、デビューさせれば良い、と言うことになります。前にも言いましたが、デビューできる新人は多い方が、ジャンルの裾野も広がりますから。
 が、実はそんなわけにもいかないのが現実です。

 まず新人賞など新人登竜門の設定にも、コストがかかります。選考委員への謝礼、下読みへの賃金、新人賞の宣伝告知、タダでそんなことが出来るわけがない。
 しかも一番の問題は。そんな金をかけて新人を選考したところで、そのデビューさせた新人が本当に「使える」かどうかはブローカーにとって、賭け[ギャンブル]になってしまうと言うことです。

 ある新人作家が、一作だけなら面白いものを書けたので、新人賞を獲ることが出来たとする。だがそれでプロデビューさせたとして、二作目、三作目にどのような作品が上がってくるのか、わかりません。
 もしかして次回作は、デビュー作を遙かに超える傑作かもしれない。それとも、到底流通に乗せるには耐えられない失敗作かもしれない。挙げ句の果てには、色んなプレッシャーに負けて、逃げてしまうかもしれない。
 それではビジネスとしてやって行けません。

 ただ商品を流通に乗せるだけでも、膨大なコストがかかります。作家が原稿を執筆し、編集し、製本し、出版し、問屋から小売店へ商品を運送する。売れ残った在庫を保管するために倉庫代も必要でしょう。
 ひとつの作品がコケただけで、多くの人が迷惑をし、生活に困ることになるかもしれない。
 ビジネスにとって最も重要なのは、儲けられると言う保証です。

 だから、そんな大成功するか大失敗するかもわからない新人に仕事を依頼するくらいなら、納期までに凡作を確実に仕上げてくれる人の方が、ビジネスとしては確実と言えます。凡作でもラインナップが揃えば、収支は出ますから。
 例えばライトノベルの初期なら、アニメのシナリオライターが書いた作品が多く目立ちます。これらの作品群、本職の小説家が書いたものではありませんから、さしてクオリティは高くありません。恐らく推測するに、初期ライトノベルには、新人賞という未来への投資を行う余裕がなかったのでしょう。
 才能ある新人を発掘する余裕がなかったから、既に活躍しているライター業の方。それも確実に締め切りまでに、そこそこのクオリティの作品を生産してくれる人に、仕事を依頼した方が良い。たとえ本職の小説家でなかったとしても。

 ……まぁ、そんな確実性のみに頼ったビジネスをしていると、将来的に展望がなくなって売れ行きが落ちてしまい、自分で自分の首を絞めるハメに陥るのですが。
 ちなみに余談ですけど。1990年代のライトノベル暗黒期は、以上のような経緯のもとに、起こるべくして起こったと考えて良いでしょう。

 プロデビューとは、流通という既得権益を利用させてもらうための、通過儀礼です。その通過儀礼を果たした者こそが、プロと言われるようになる。
 通過儀礼の達成に必要な条件は、自分というクリエイターが、ビジネスに成功をもたらしてくれると言う保証。その保証を与えてくれるモノ、ヒトと言うことになります。
 すなわちコネ。
 新人賞の獲得も結局は、ゼロから出版社とのコネを、実力だけで作り上げてゆく作業だと言うことになるでしょう。

 ゆえに、大した実力を持ってもないのに、プロとしてクリエイターを続けている人は大勢います。と同時に、実力だけでのし上がって来た人間も大勢います。
 コネが大事だからと、ブローカーと仲良くなることだけを考え、自分の実力を磨くことを忘れたようなクリエイターは、今度は顧客から無視されるようになるのです。
 実力はビジネスとしての保証のひとつに過ぎないかもしれません。でも保証としては最も大きなものであることも、確かなのです。

 コネ、カネ、実力。いずれかを持たない人間は、どこからも相手にされない。
 冷酷に思えるでしょうが、ビジネスなんて全世界そんなものです。
posted by はまさん at 00:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 連載:ハイパーアマチュア

2006年07月19日

ハイパーアマチュアと、プチクリと、マイドリーム : その08

その01:http://blogs.dion.ne.jp/hamalog/archives/3540465.html
その02:http://blogs.dion.ne.jp/hamalog/archives/3554619.html
その03:http://blogs.dion.ne.jp/hamalog/archives/3558297.html
その04:http://blogs.dion.ne.jp/hamalog/archives/3575660.html
その05:http://blogs.dion.ne.jp/hamalog/archives/3600682.html
その06:http://blogs.dion.ne.jp/hamalog/archives/3608799.html
その07:http://blogs.dion.ne.jp/hamalog/archives/3732791.html
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■プロデビューにかかるコスト(1)

 クリエイター活動のみで生活している、専業のプロに限って話を進めさせてもらいます。

 プロのクリエイターとして選ばれ、デビューするには必要なものとは何でしょうか。すぐに思いつく辺りでは、新人賞の受賞くらいでしょう。しかし「新人賞の獲得=即プロデビュー」とは限らないことくらい、少し考えれば理解できます。
 と言うわけで、結論から先に言わせてもらいます。プロクリエイターとしてデビューするために必要なもの。それは、コネです。

 クリエイターと言う仕事は、農家や職人の仕事に似ています。
 自分の手でモノを作る。作ったモノを売る。売って収入を得る。何か作らない限り、収入を得ることもない。ただしこれが農家の方なら、自分で作ったモノを売らなくても最悪、自給自足で食べてゆくことができます。その意味でクリエイターの仕事とは、本質的に職人と同じ内容だと言えるでしょう。

 ところで職人は、自分が作った商品を直接、消費者[ユーザー]に手渡すわけではありません。職人は「つくるひと」に過ぎません。「売る」ことまで上手にできるとは限りません。
 また、職人が個人で出来ることにも限界があります。職人が大量に商品を作って売りたいとしたらどうでしょう。でも、たったひとりで全国を廻るわけにもいかない。
 だから商品を売るのは、自分より「売る」のが上手な人。ひとりでも多くのユーザーに商品を流通させることのできる手段[インフラ]を持っている人。つまりは仲買人[ブローカー]に商品を買ってもらうことになります。
 職人としてのモノ作りと、流通のためのインフラ整備とはまた、別の仕事なのです。

 職人が作った商品は、まず仲買人に買ってもらうことになる。その仲買人に商品を買ってもらわなければ、お金が貰えない、生活できない。
 ゆえに職人は、仲買人のためにモノを作ることになります。

 現代のようにインターネットで、例えば自分の作品を読んでくれた読者の感想が、直接聞けるようになったと言うのは。実はクリエイターにとって物凄く画期的なことなんですよね。
posted by はまさん at 00:49| Comment(2) | TrackBack(0) | 連載:ハイパーアマチュア

2006年07月10日

ハイパーアマチュアと、プチクリと、マイドリーム : その07

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その05:http://blogs.dion.ne.jp/hamalog/archives/3600682.html
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■プロとアマの差は何?

 プロとアマチュアには差があるのでしょうか? 中には「確実に差は存在している」と主張する方もいらっしゃるかもしれません。それとも、新人賞を獲得してプロデビューされた人こそが、プロなのでしょうか。
 考えてみましょう。

 プロの小説家になるとして。どんなライフスタイルが理想形と言えるでしょうか?
 例えば、若くして新人賞を獲得。何作か書いているうちに人気が出始める。それで一生、小説だけを書き続けて生活してゆく、と。
 うん、でもね。プロデビューできたとしても、その仕事だけで死ぬまで生活できる人なんて、そうそういやしないんですよね。
 いろいろ想定して考えてみましょう。

 新人賞を獲得して、一冊は本を出版できたとする。だけど、その一冊だけで他には出版できませんでした。さぁ、この人はプロと言えるでしょうか?

 では、何冊かは本を出せました。でも生活できるほどではないとしたら。

 今まではプロとして生活し続けてきたのに、ある瞬間から仕事を干されてしまいました。本人は仕事の受注が来るのを待っているだけ、のつもりです。でも実際にはこの人に出版依頼が一生やってくることはないとしたら。

 昔はプロとしてバンバン本を書いていました。でもそれは過去の話。ある時から自分は流行に乗り遅れたのか、食うことすら苦しい経済状態になっていた。そこで田舎に帰り、今では別の仕事をして幸福に暮らしているとしたら。

 さぁ、この人はプロと言えるでしょうか?

 きっと中には。
 本業はきちんと持っています。でも兼業としてライターもやっています。その兼業として出した本が何冊もベストセラーになったこともあり、今では本業より収入があるかもしれません。でも自分ではライターを兼業としてしか思っていません。
 なんて人もいるでしょう。そんじょそこらのプロ以上と言っても良い。でも、きっとこの人は自分で自分はプロではないと答えるでしょう。
 じゃあ、この人は果たしてプロなのか。

 結論から言いましょう。
 プロとアマチュアとの差とは何か。新人賞を獲得した経験ではありません。腕の優劣でもありません。仕事の有無ですらありません。
 自分の履歴書へ勝手に「自分はプロだ」と書き込んだ人間こそがプロなのです。

 だから究極的な話。
「デビュー作を出したことはありません。仕事を受注したこともありません。当然、クリエイターとして金を貰ったこともないので、生活もできません。そもそも興味すらないので、何かを作ろうと言う気も、修行しようと言う気もありません。でも自分はプロクリエイターです」
 と自称してしまうことすら、いちおうは可能なのです。

 そもそもね。クリエイターなんて不安定な仕事で、一生を食える人間なんて、一握りしかいないのです。
 正確なデータを持たない、ボクの憶測で申し訳ありませんが。まぁ、クリエイターとしてデビューして五年も続けられれば、御の字でしょう。
 これがミュージシャンなら、もっと短くて二年。小説家ならもうちょっと長くなって、運が良ければ十年。お笑い芸人なら一年でブームが終了。

 どのみち一生と比べれば、ほんの短い期間であるのには違いありません。
 ただ、それだけの期間があれば、会社はデビューさせたクリエイターの才能を絞り尽くすことができる。才能を絞り、作品さえ残しておいてくれれば、会社としては収益が出ます。あと売れなくなったクリエイターなんて、交換がききますし。プロデビューしたいと夢を抱く若者なんて、掃いて捨てるほどいます。
 中には何十年もプロとしてやって行ける方もいるでしょう。しかし、それは一握りのトッププロのみ。トッププロとなるには、ずば抜けた才能と、流行に乗れるだけの幸運が必要です。でも才能なら努力で何とか補えるでしょうが、この運だけは人の身にどうしようもありません。
 全てのクリエイターがプロとして一生を送れるわけではないのです。

 でもね。
 あとの、プロになれなかった人間、プロを断念した人間は、それ以外の手段で生活してゆかなくてはなりません。生きているのだから。
 しかし。しかし、です。いわゆる「プロ以外」の人間とは、全て駄目な存在なのでしょうか。腕が劣っていたから、「プロ以外」なのでしょうか。プロのみが成功者なのでしょうか。

 ボクは、そんなことはないと思うのです。
posted by はまさん at 01:25| Comment(2) | TrackBack(0) | 連載:ハイパーアマチュア