2007年01月07日

はま受験 小論文作法編 : 07/説得力のレベル

目次:http://blogs.dion.ne.jp/hamalog/archives/3795085.html
--------------------------------------------------
 小論文の具体的なテクニックをお教えする前に、とても重要かつ基本的なことを伝えておきます。

 絶対に「正しい」ことなど世界には存在しません。最低でも、人の身に「絶対的な正しさ」を得ることは不可能です。ですから、論文において最も重要なのは、正論を説くことではありません。読者が納得できるものを書くことです。
 と言うわけで、個人的な推測や、勝手な思いこみを、「自明の事実」として他人に押しつけようとしても無理です。例えば
「さて、お前が俺様の命令に従うのは当然なのだが」
「知るか。てかアンタ誰」

「うおー、クラウザーさんが宇宙の支配者なんだー!」
「えと、すみません。クラウザーて誰っすか」

「我らが教祖○○様の御言葉は正しいのだ! 宗教的な理由で」
「帰ってください」

 と言うふうに。突然、自分の意見を押しつけられても、困るだけですね。仮にも論理的思考を構築するには、それなりの説得力が必要となります。
 そのためには、自分が持っている《結論》に至った理由を、きちんと説明できなくてはなりません。つまり、理論の《前提》を積み重ねなくてはならないのです。

 あるひとつの《結論》には、そこへ至るまでの《前提》が存在します。論理的思考とは
《前提》だから、《結論》は正しい。

と理論の正しさを証明することによって成立します。そして、この《前提》が持つ説得力により、その論文自体が持つ説得力も決定することとなるのです。

 なのに
 まず、いきなり《結論》ありきで論が進み、《前提》が存在しないとか。《前提》が存在することはするのだが、読んでいて全然納得できないとか。これでは論理的思考としては不充分で、読者は満足してくれません。
 《前提》を含め、理論とは「正しさのレベル」を持っているものです。例えば
《事実》
実際に起こったこと、存在しているものに関する説明。

《一般論》
多くの人にも理解しやすい。常識とされている情報。

《個人的意見》
自分が勝手に下した判断。

 と言うように。
 客観性が高ければ、説得力がある。主観的であればあるほど、説得力は減ってくる。ただし、「これは自分の個人的な意見ですよ」と予め説明した上であれば、読者も納得してくれるようになります。「自分はこのような思った」と言うのも、それはそれで、ひとつの《事実》に間違いありませんからね。

 ただし、他人の感情を勝手に代弁したような意見は、単なる推測に過ぎなくなります。客観性を持ちません。と言うことは説得力もないと言うことです。
《実例》
「きききき、君は俺のことが好きに違いないんだぁぁぁ! だからこの行為も、君のことを思って!」
「警察を呼びました」

 まあ、つまり。自分の正しさを、ただ強調するだけでは何も伝えられない。本当に説得力のある論理を構築したいのなら、自分が最初に持った意見に対して、まずは自己反論を行う必要もあると言うことです。
 あとは、主観性と客観性の、「正しさのレベル」の使いどころを間違えないことですかね。

 本当に基本的なことかもしれませんが。でもね、世の中には、たまにいるのですよ。いわゆる《電波系》と言うか、思いこみの強すぎる方々が。まーじーで。
 以上のような理由で、もし「そっち系」の方が小論文なんて書いてみたところで、あまり高得点は望めません。とは言っても、「そっち系」の方は自分でも自分が「あちらの側」に行ってしまっているとは、気付かないでしょう。いやむしろ、気付こうともしないでしょう。「そっち系」の人って、他人の話を聞きませんし。

 恐ろしいことです。
posted by はまさん at 01:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 連載:はま受験(完)

2006年12月29日

はま受験 小論文作法編 : 06/課題が決まっている小論文の練習方法

目次:http://blogs.dion.ne.jp/hamalog/archives/3795085.html
--------------------------------------------------
 オマケです。

 テスト受験前からもう既に、小論文の課題内容が決まっていると言う人のために。最強の小論文練習法をお教えします。

 課題で出される内容について全く知らない人、友人でも結構でしょう。相手の暇を見て、まずはひとり確保してください。場所はファミレスあたりで良いでしょう。奢るからとか何とか言って、一緒に行く。

 そうしたら、課題内容について、その友人に語ってみてください。

 基本的な知識すら持っていない人に、専門的な話をすると言うことは、実はかなり頭の中で情報が整理していないと出来ません。
 また、面白おかしく語れないと、相手にすぐ飽きられてしまいます。その反応を逐一、目の前で見ることが出来るのも大きい。いくら練習で小論文を何度も書いたところで、採点者の顔は見えてきません。文章を通してだと、読者が見えなくなることが多いのも確かなのです。

 ある専門知識をきちんと修得しているかどうか、と言う判断を下す際。この「ファミレスでダチを相手に、小一時間語れるかどうか」と言う基準は、かなり明確な差となって現れてきます。自らの血肉と化しているような知識でなければ、「長時間」そして「楽しく語る」なんて芸当は不可能でしょう。
 しかも、参考書の受け売りしか暗記していないような人間であれば、すぐに話すべきネタが尽きてしまいます。

 ……ちなみにボクと一緒にファミレスへ行き、小論文の書き方を教えてよ、なんて尋ねてしまったら。小論文の書き方「だけ」で5〜6時間は語れる自信があります。小説の書き方についてなら、えんえん3日は徹夜で語れます。たぶん最終的には「小説の書き方」だけで、人生の意味だとか、そんなレベルにまで到達しちゃいます。
 まあ、そんなことをしていたら体が保たないので、こうやってホームページを作ったりしているのですけどね。
posted by はまさん at 00:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 連載:はま受験(完)

2006年12月26日

はま受験 小論文作法編 : 05/小論文の点数基準(補足)

目次:http://blogs.dion.ne.jp/hamalog/archives/3795085.html
--------------------------------------------------
 「面白いものを書け」と言われたって、何が面白いのか、分かんないよ! と言う方に。
 面白さとは何か。絶対と言うわけではありませんが、一応の基準を示しておきます。またこれは、エッセイ以外の作品を書く際にも参考になるでしょう。例えば、小説のアイデアを考える際に、とかね。
■社会へ提供するのに価値ある情報とは

●1:人があまり知らない知識。知ることが必要な知識。
●2:人が、どうすれば良いか、どうあればよいかと迷っていることに関して、判断や意思決定の材料になる事実や考え方。
●3:人が漠然と感じてはいるが、はっきり意識していない現象や考え方を明確に表現することによって、それについての認識を確かにしたり、問題をはっきりさせたりする。
●4:既に知られていること、説明されている事実や出来事に対して、新しい解決、見方、考え方を提供し、それによってわかってくること、新たに生じる問題を示す。

 またこの項には、以下のような補足が付け加えられています。
完全に目新しい情報と言うものは存在しえない。
オリジナリティーとは、模倣の結果に生まれる。

 以上、はまさんノートからの引用です! 原典は忘れた!
 乱暴な言い方かもしれませんが、「面白さ」とは基本的に「未知への興味が充たされる過程」と考えて良いのではないでしょうか。

 そして今回。小論文を書く際に目指したいのは、特に《4番》の面白さです。そうは言っても別に大したことではありません。
 大事なのは、自分の意見をきちんと相手に伝えることです。結果的に誰かと同じ考えになったとしても構いません。その、自分が持っている結論は、どうやって導き出されたのか。この過程だけは誰のものでもない。自分だけのものです。「似ている」のと「同じ」なのとは、全く違うものなのですから。

 そうやって、自分の考えを忠実に文章化することさえ出来れば、自然と面白い作品になります。なぜなら、あなた以外の人間は全て他人ですから。その未知なる存在である「あなた自身」こそ、あなたが書ける、もっとも面白い作品なのです。

 ……念のために言っておきますが。ボクは別に、綺麗事を並べているわけじゃありませんよ?
 ボクはあくまで、《技術》として語っていますからね。
posted by はまさん at 00:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 連載:はま受験(完)

2006年12月25日

はま受験 小論文作法編 : 04/小論文の点数基準(2)

目次:http://blogs.dion.ne.jp/hamalog/archives/3795085.html
--------------------------------------------------
 なぜ「おもしろい文章」を書くことが、小論文のテストにおいて高得点を獲ることに繋がるのでしょうか。

 まず言えることがあります。全ての採点者が論文とは何かとか、論理的思考の何たるかを理解しているかと言うと、そんなことはありません。
 欧米で行われる作文の授業では、とにかく論理的整合性が重視されます。ですが日本において、論理的な作文の書き方を教えてくれる学校なんて、まず存在しません。ですから日本で論理的思考を理解した人材を探そうとすると、とてつもない苦労をすることになります。
 だからと言って、わざわざ論理的思考を持つ人材を育てようと思ったら、今度はとてつもないコストが必要になります。言うなれば、たかがテストの採点に、そんな苦労をかける余裕を、大学は持っていません。
 だいいち、小論文のテストが本当の意味で論理的思考を問うものだとするのなら。採点者は全ての小論文解答を、論理演算して整合性を求めなくてはならないことになってしまいます。そんなこと、いちいちやるためには、とてつもない手間がかかってしまいます。

 と言うことは、採点者の大半は論理と言うものに対して、素人だと言うことになります。
 ですから、読んでいて疲れる、悪印象を抱いてしまう解答は低い点数しか与えられません。それが例え、超高度な思考を元に書かれたせいで凡人には理解できないが、論理的にはシッカリしていたとしても、です。
 だから、高得点を獲るには、採点者に好印象を与えなければならない。読んでいて好印象を持ってしまう文章。思わず読み進めたくなる文章。イコール、おもしろい文章に他なりません。

 そこでボクから、小論文を書く際の、とても重要なコツをお教えします。
 小論文のテストでは、論文を書かないでください。エッセイを書いてください。

 論文だテストだからと言って何か、御立派な内容を目指す必要はありません。そんな御大層なものを目指していても、まず失敗します。だからこそ、エッセイを書いてください。
 問題文で指示されている内容に「関する」「エッセイ」を書くつもりでいましょう。問題を利用した、三題噺をやるようなものです。
 また、エッセイを目指すことにより自然と、不特定多数へ向けて書くことに繋がります。顔も知らぬ採点者も、つまりは不特定多数ですからね。

 実はこの「大勢の人に向けて」「おもしろいものを書く」と言う目的意識。小論文だけでなく、あらゆる文章を書く上でもっとも重要な心構えでもあります。「おもしろいものを書く」と言うのは、赤の他人である読者を意識して書く、と言う行為に繋がります。
 例えば、「赤の他人でも納得できるように書く」ことにより、自然と論理的整合性が生じてきたりします。実は、論旨が整ってないと、論文として整っていないと、おもしろいものが書けないのも確かな話でして。玉子が先か、鶏が先か。ちょっと卑怯な論法をしちゃいましたね。でも「型から入る」と言うのは、とても重要なことなのです。

 ……しかしですね。
 だとすると、普段からブログやホームページで日記を公開しているような人は、小論文のテストを受験するのに有利だと言うことになります。
 確かに、普段から文章を書き慣れている人でないと、小論文のテストに挑むのは、困難であるのは違いありません。
 ですから、将来は小説家を目指しているなんて人は、もう既にブログかホームページを持っていると思いますが。日記を書くと思わないでください。その日、自分が経験したことを利用しての、エッセイを書くつもりでいましょう。小説家を目指すにしても、小説以外のいろんな文章を書くことは、大いに役立ちます。

 もうすぐにでも受験だと言う人は、申し訳ありません。ですがもし、あなたの受験はまだまだ先だと言うのなら。本当に小説家を目指したいと言うのなら、ブログかホームページでエッセイを書くことにより、小説修行と小論文対策をやってみてはどうでしょうか?
posted by はまさん at 01:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 連載:はま受験(完)

2006年12月18日

はま受験 小論文作法編 : 03/小論文の点数基準(1)

目次::http://blogs.dion.ne.jp/hamalog/archives/3795085.html
--------------------------------------------------
 では小論文のテストにおいて、どうすれば高点数を獲ることができるのか。これには、ふたつの条件があります。

 まずひとつめの条件は、「読むに堪える小論文を書くこと」です。
 具体的には、日本語としての体裁を守る。指定された文字数を守る。問題にきちんと答える。常識的に考えて、おかしなことは書かない。
 と、どれもこれも基本的すぎて逆に、守らない人間なんていないだろう、と思う方もいるかもしれません。いいえ、そんなことはないのです。日本における一般的な国語教育では、高校卒業程度の学力を持っている人間でも、マトモな作文を書くことは不可能になっています。だからこそ、まずは「読むに堪える」ものを目指す。作文教育として、基礎中の基礎から始めなくてはならない……と言う何とも情けのない状況なんですがね。
 日本語作法に関しては、この辺りを参考にして厳守していれば、「読みやすい文章」と言う程度なら誰にでも書けるはずです。
 中には、段落の始めで改行する、と言う程度の基本すら知らない人もいるようですが。それは、あまりにも受験を舐めすぎです。大学進学以前の問題ですね。勉強しろー。

 そして次の条件ですが。説明する前に、小論文の採点方法について考えてみましょう。

 まず気をつけなければならないのは、模試で小論文のテストを受けた人間なら、誰でも知っていると思いますが。小論文のテストには、模範解答が存在する、と言うことです。これって、実は相当にヘンですよね。
 だって、おかしいじゃないですか。模範解答とは、満点の解答です。でも、模範解答の通りに小論文を書ける人間なんて、いるはずがありません。いるとしたら、そいつはカンニングをしているのでしょう。
 ゆえに小論文のテストでは、大いなる矛盾が生じます。満点を獲れる解答者が、絶対に出現しえないのです。

 そうした事情があって、小論文の採点基準は、実にエエカゲンなものとなります。
 論文としての完成度は求められません。論文して完成度が高くとも、採点者が読解できない小論文では、採点のしようがありませんから。
 と言うことは、簡単に読めて誰にでも「これは模範っぽい解答でございますよ」と判断できるような解答こそが、小論文のテストには相応しいと言うことになる。

 だからこそボクは小論文における最初の条件として、「読むに堪える小論文を書くこと」を挙げたのです。
 「読むに堪えられる」と言うことは、実は「読みやすい」と言うことでもあります。「読みにくい」以外の文章とは、すなわち「読みやすい文章」に他なりません。

 ずっとボクは、日本の国語教育では読解能力のある人間を育てられない、みたいなことを論じてきました。そしてそれは、小論文のテストを採点する人間も例外ではありません。
 もちろん、やろうと思えば小論文の明確な採点方法を作ることは可能でしょう。ボクはずっと小説技術について勉強してきました。それっぽい技術が幾つか存在することも知っています。
 しかしどうも日本の国語教育者には、感性こそが国語における至上価値だと思いこんでいる人が大勢いらっしゃるようです。技術とか論理を国語に持ち込むと、感性が汚されるとか言って、拒否反応を起こすのですね。
 これでは、真に読解力と作文力を持つ人間を育成するシステムが構築されるはずがありません。

 しかし、この状況はある意味でラッキーだと言えるでしょう。
 「読むに堪える小論文を書く」だけなら、ちょっとした勉強と訓練によって、誰にでも可能です。しかし、誰にでも書ける小論文しか書けないと言うことは、平均点しか獲れないと言うことでもあります。このままでは合格できるかどうか、不安が残ります。

 と言うわけで、小論文のテストにおいて更なる高得点を獲るために必要な、次の条件です。
 どうせ採点者だって大した読解力は持っていません。「読める」と言うだけで平均点が獲れるなら。じゃあ「読みたくなる文章」なら、「読み進めたくなる文章」ならどうか。

 つまり、小論文のテストで高得点を獲りたければ、おもしろいものを書けば良いのである。
posted by はまさん at 00:37| Comment(2) | TrackBack(0) | 連載:はま受験(完)