2009年06月07日

高度な技法:黙説法[レティサンス](前編)

「レティサンスって何ー? 教えて、はまサンダー!」
 と、どこからともなく、ヒーローを呼ぶ助けの声がしたので。久しぶりに「高度な技法」講座をやることにしました。
 でも一気に全部書くのは面倒だったから、前後編に分けて。全てUPしたら本家サイトに転載します。



頓絶法(とんぜつほう、または黙説法)とは、語り手または作者が、何かの考えにとらわれて途中まで進めていた発言に間を置くか、発言をやめてしまう修辞技法のこと。語り手または作者が話を続ける気がなくなったか、できなくなった印象を読者に与える。

最もよく見かけるものでは、「出て行け、さもないと!」という脅迫の台詞である。語り手が恐怖・怒り・興奮といった感情に圧倒されたか、あるいは謙遜していることを描く場合が多い。頓絶法であることを示すのには「-」(emダッシュ)か「‥」「…」(リーダー)が使われる。
(wikipediaより)

 黙説法は文の途中で言い止めて、そうすることで言い残した部分をほのめかす文彩である。黙説法は省略法の一種であり、言わないことによって言った以上のことを言わせる。黙説法は音楽用語の「フェルマータ」(休止記号)のようなものだ。思い入れたっぷりの休止、豊かな沈黙。言いさすことで感情の高まりや内面の動揺、相手に対する強い働きかけ(ほのめかしや余韻)を表現する。場合によっては言わざるは言うにまさるのだ。この文彩は聞き手・読み手を話のなかへ呼び入れて能動的な参加をうながすのに有効である。
(『日本語修辞辞典』野内良三(国書刊行会)より引用)

■黙説法の原理
 《黙説法》・《レティサンス》・《故意のいい落とし》と呼ばれる技法がある。つまり、あえて語らないことで、なまじ語るより以上の効果を得ようとするのだ。
 とはいっても、単に「途中から語らない」というだけではない。黙説法は「書かれていないのにそう思う」「何となくそう思う」といった語感を読者に与える。

 どうして、文章として書かれていないことが、読んで理解できてしまうのか。試しに、下の文字列を見て欲しい。
A → B → □ → D → E → F →

 さて問題です。文字列の「□」には何が入るでしょうか? 答えは「C」ですね。他の答えがある、という人は勘弁してください。
 ならば、どうしてこのような答えが導き出されたのか。それは、文字列が英語のアルファベット順だから、ということになります。

 試しに、もう一回やってみましょうか。下の数列で「□」に入る数を答えなさい。
0 → 2 → 4 → □ → 8 → 10 →

 上の数列は偶数に関するものなので。答えは「6」になりますね。

 このように語られない箇所の、前後は明らかにしつつ、全体の枠組みを示す。すると、何が語られなかったのか、予想できるようになるものです。
 『ルビンの壺』という騙し絵を御存知でしょうか? 画像の中央に注目すると、ギザギザのある壺の絵に見える。しかし視点を変えて画像の両端に注目すると、ふたりの人物がキスしようとしている絵に見える。
 存在するものによって、存在しないものが際立ち。存在しないものによって、存在するのが際立つ。
 黙説法の、これが原理だと思って良いでしょう。



■黙説法の使い方
 ならば、黙説法とはいかなる時に使うべきなのか。いくつか使い方と共に、実例を紹介してみましょう。

 まずありがちなのが、あえて明言を避けることで、読者の想像を膨らませたい場合。
《例》
「さもないと……分かっているな?」

 この例にある「……(三点リーダー)」の部分が、あえて語られない部分となります。実際に何をすると説明は成されない。しかし、恐怖心をあおり立てることにより、黙説法的に脅迫を行っているわけです。

 それから、語ってしまうと陳腐になってしまう、野暮になる場合。暗にほのめかしたい場合です。
 例えば小説描写において「愛」とか「憎しみ」などという、「そのまんま過ぎる言葉」を使ってしまうと、陳腐になって効果がなくなってしまいがちです。
《悪例》
「世界一、愛してる!」

 そこを黙説法を使ってしまうことで、描写を行ってしまうという手があります。
《例》
「オレ、お前のことが実は……」
「?」
「なんでもねえよ!」

 この例は、登場人物が言葉に詰まることにより沈黙が作られて、黙説法としての効果が演出されているます。

 つまりこれは、沈黙が描写技法におけるパーツ代わりと使われているわけですね。
 あるモチーフを描写するのに、甲乙丙丁の4つが必要だとして。丙を前後の甲乙丁で代用しているようなものと考えてください。

 また特殊な使い方となるのですが。登場人物は地の文での情報を全て知っているとは限らない。しかし読者は全て知っている。こうした情報量の格差を利用して、読者の知覚を作品の内部に導入することもできます。
 この使い方の良例として、そして黙説法の使い方として良例に挙げられる作品があります。夏目漱石の短編集『夢十夜』にある第三夜です。『夢十夜』は青空文庫で自由に読めるようになっているので、実際に読まれても良いでしょう。

参考:http://www.aozora.gr.jp/cards/000148/files/799_14972.html
《例》
 早く森へ行って捨ててしまおうと思って急いだ。
「もう少し行くと解る。――ちょうどこんな晩だったな」と背中で独言(ひとりごと)のように云っている。
「何が」と際(きわ)どい声を出して聞いた。
「何がって、知ってるじゃないか」と子供は嘲(あざ)けるように答えた。

 親が子供を背負って歩いている。だがどうにも自分の子供が不気味でならなくなってきた。そこで男は背負った子を捨ててしまおうと考え、地の文で表現された瞬間。まるで男の心中を見透かしたかのように、子の台詞が挿入される。
 そうやって語られないことで、とてつもない緊張感が維持され。そしてラストで謎が空かされる。
 ……何度読んでも名作です。



posted by はまさん at 00:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 文学的(描写)

2009年05月28日

小説技術メモ/不在感

存在感[presence]に対する概念として、
黙説法[レティサンス]的に、描かないことで逆に存在を強調する。
この技法を勝手に、不在感[absence]とでも呼ぶことにしようか。
posted by はまさん at 22:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 文学的(描写)

2009年03月22日

小説技術メモ/描写

描写とは「おもてなし」である。

御客様である読者は、リアル世界にいるのだけど。
対して物語世界と言うのは、間に一段高い敷居があるのね。

その高い敷居に、踏み台を置いてやって「こちら」に来やすくする。
この踏み台の役目をするのが、描写本来の役割だと思うんだ。
posted by はまさん at 22:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 文学的(描写)

2008年12月05日

小説技術メモ/描写

描写には、視覚・聴覚・嗅覚・味覚・触覚と言った五感を最大限活用しよー。
また五感以外にも、勘と言った第六感まで使って描写を行おー。
これらは小説でしか出来ない表現方法なのですヨー。

……っと、ここまでは良くある話で。
小説ではもっと使えるものがある。

例えば、焦点子(=視点の持ち主)の思考。記憶。
もしかすると焦点子どころか、物語中の登場人物には知り得ない情報でも、
作者自身が介在することで語ることは可能になってくる。

ここまで来ると、小説以外の表現方法では絶対に再現不可能だね。
他にもあるだろうけど。
小説うんぬんではないのだよ。

実のところ、最終的には描写すらどーでも良くなってくるもんだ。
描写だって結局は、日本語が持つ無限の可能性。
そのひとつに過ぎないのだからね。

日本語の文章を使って表現できるものには、何があるのか。
その可能性を追求する。
論文だとか、エッセイだとか、詩だとか、ジャンルは関係ない。
なにせ小説書きとは、まず文章書きであらねばならないのだから。

……と言う話をすると、勘違いする人間が出そうで怖いんだよなあ。
だから今回のは、話半分に聞いといて下さい。
posted by はまさん at 00:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 文学的(描写)

2008年12月04日

風景描写のコツを考えてみたかった……

 ちょっときっかけがあって、風景描写にコツはないか。考えてみた。
 ざっと挙げてみても……日本語の文体、モチーフのアウトライン(概要)を把握する、描写、構成、視点、人称、情報を出す順序。
 どれもこれも基本的な約束事ばかりだった。風景描写だけの特別なコツと言うのが、見つからない。

 一応、風景描写専門の特殊技法と言うのも少なくはありますが、いくつか知ってはいるのですよ。でもそれだって、

・その1:人称の応用技法
・その2:視点の応用技法
・その3:やっぱり視点の応用技法

 基本を踏まえた上でないと、とてもではないと使えない応用ばかり。即効性のあるコツと言うのはありません。
 ……どんな技法なのかは、まだ秘密ね?

 ですから結論。風景描写に特効薬となるようなコツはないです。普段から練習して、地力を身に付けるしかありません。これは人物描写だろうが、殺陣の描写だろうが、どれも同じです。風景描写のコツなんて、特になし!
 以上、終わり。

 ……と言うのも寂しいですから、個人的な話をさせてもらいますと。
 ボク自身は風景描写が大好きです。なにせ風景描写なんて、やる状況がある程度、決まり切っていますから。慣れてしまうと、作業としてはルーチンになってしまい楽なんですね。
 だいたいが、さきほどの特殊技法を複合的に組み合わせて使い、誤魔化しちゃっています。怠け癖、うめえwww

 それで、その特殊技法を見返してみると、「人称」、「視点」、「やっぱり視点」となっている。
 日本文学における特徴のひとつに、風景だけを描かない。風景を描く際は同時に、情緒を描くものであるそうです。
 そして風景の情緒と言うのは、風景単体では成り立たない。そもそも小説の描写とは必ず、何者かの視点を通じて伝えられるものです。
 どうやら視点もしくは人称が、風景描写においては重要になってくるようです。

 心理描写の目的が、読者にキャラクターへの感情移入をさせることだとしたら。風景描写の目的は、その場と言う空間に読者を入り込ませることだと、ボクは考えているのですね。
 読者自身がその場に立っているかのような気にさせる。その場の中に自分も立っていると言うイメージを築き上げる。
 つまりは言ってみれば、「空間移入」とでも呼びましょうか。

 ですから風景描写においては、どうしても人物の描写が不可分となってきます。無理に人物描写を織り込む必要はなくても、行間の中に人物描写が隠れていることは、きちんと意識しておかなくてはならない。
 ちなみに、人物描写と風景描写を同時に行うのは、割と常套手段です。ボクも多用しています。風景描写を通じて、人物を間接的に描き出す。もしくは人物描写を通じて、風景を間接的に描き出す。上記の特殊技法も、ひとつは人物描写と風景描写を同時に行うためのものだったりしますし。

 ただ、そうは言われてもですよ。風景描写だけでも手こずっている人へ、人物描写も同時に行えとか。衰弱しているところへ死ねと追い打ちされるようなものですよねー。
 ですから結論その2。そもそもの問題として、初心者に風景描写は難しいよねー。あんまり練習には向かないと思います。はい。

 解決になってない…… orz
posted by はまさん at 00:04| Comment(2) | TrackBack(0) | 文学的(描写)