2010年03月06日

描写をバタつかせないためのステップ:前編

■事の発端

 昔々ある日のこと。ある方が自分のブログで風景描写の練習をしておりました。一応は匿名でMさんということにしておきましょうか。で、そのMさんのブログへ、ふらりと立ち寄った謎の描写大好き人間がひとり。かくしてMさんは、その描写人から散々に批評を受けることになるのです。
 この時、Mさんが練習した風景描写というのが、以下になります。ちなみに御本人から転載許可はもらいました。
■Q1,
 下の写真を元に風景描写を行え。

msts1.jpg
■A,
 茜雲が空に広がっている。海があり、いくつもの船が海岸沿いに停められていて、ここからだとまるで米粒のような小ささに見えた。びゅうびゅうと冷たく吹く風につられて来るのか、微かに潮の匂いを感じる。
 僕はホテルから、日が沈む前の小樽港の夜景を眺めていた。視界の手前には交通道があり、車の往来が盛んでトラックや大型のバスを先ほどからよく見かける。僕が住んでいる町ではあまり大きな車を見ないので、とても興味を引く。新鮮だ。
 遠くにはぺたんこの山があって、その裾のところにはビーズを散りばめたように光が溢れている。街があった。明日は、あの街で買い物をする予定だ。
 だんだんと暮れてゆく茜雲を眺めながら、僕は手元にあるお菓子のビスケットをひとつ摘んで口に放り込んだ。少しだけ、塩の味がした。

 この風景描写練習に対し、謎の人は最終的に「読者へどんな《風景から受ける印象》を与えたいのか。まず作者自身が把握していないといけないんだけど……そうだね。試しに、三文以内で過不足なく、この風景全部を描ききって御覧なー」と嫌がらせのような課題を残して立ち去ったのでした。
 それが2008年11月30日のこと。

 そして時は過ぎて2010年3月2日。Mさんのブログに、「三文で書けるようになりました」という記事が掲載されました。
 なんとまー、Mさんは2008年終わりから、2010年の今まで。ボクが出した課題に取り組んでいたわけですよ。そして自分なりの答えを、遂に出せたわけですよ。かかった期間、一年と四ヶ月になりますか。何という、しつこs……ゲフンゲフン……根気強さなのでしょう。
 その新たな解答が以下になります。
■Q2,
Q1の写真を元に風景描写を行え。ただし三文以内。
■A,
 小樽の夜景は綺麗だ。
 港町の光が輝いている。
 海が遠くまで続いている。

 うん、結構だと思いますヨ? ココは偉そうに採点とかしたいところなのですが、残念ながら、この課題とは採点するような類のものではありません。
 ならば、どうして採点できないのか。そもそも、どうして「三文で」などという課題を出したのか。理由を説明しつつ、更に描写が上達するための、次なるステップについて説明するとしましょう。

 ところで「謎の人」って、実はボクのことでした! いやあ驚かせてしまったね。……バレバレですか、そうですか。



■三文で描写をさせた理由

 もともと長めに行われていた風景描写を、なぜ三文と短く描くようアドバイスしたのか。それは元の描写練習が、作者自身が自分の書きたいことの、要点を捉え切れていなかったように思えたからでした。

 実のところ、「伝えたいことを膨らませる」ことが出来るというのは、既に大したものだったりします。写真を見て風景を描写しろと命令されても、何を書けば良いか思いつかないもの。単なる素人では無理だったでしょう。最低でも描写技法の入り口くらいには立っていないと、これだけの量を描けなかったはず。
 ここまでは頑張った。だったら……もうちょっと無茶してもらっても良いか! ということでの無茶振り追加。「何を書くか」の次は「どう書くか」の問題に取り組んでもらおうと、課題を出したのです。
 はっはっは。

 こちらのイメージ画を御覧下さい。

msts2.jpg
 左の円だと中心点はきちんと定まっている。ところが右になると、円が片側だけ膨らんでいるのに、中心点の場所は変わっていない。
 本当ならば、円の膨らみに合わせて、中心点をズラすか。中心点に合わせて、円の方をバランス良く膨らませなければならなかったのですね。

 今回、Mさんが行った風景描写練習では、これと同じことが起こったわけです。
 「伝えたいことを膨らませる」までは大したものだが、おかげで書き手自身が「要点を捉える」ことを出来なくなっていた。さもなくば、膨らませているうちに、要点を見失っていたわけです。
 だから、「伝えたいことを膨らませる」の次は、「要点を見失わないよう」に「伝えたいことを膨らませる」と、異なる作業を同時に行えるようにならなくてはなりません。
 そのための練習法を、これから幾つか紹介したいと思います。

 ……というわけで、申し訳ありませんが。描写技法を未修得で「伝えたいことを膨らませる」ということが出来ない方。それから、まだ自分で自分の伝えたいことの「要点を掴む」ということが、感覚で理解出来ない方。
 こういった方々は、これより先を読んでも、あまり訳には立たないかもしれません。悪しからず。

 とりあえずは……頑張れ!

posted by はまさん at 23:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 文学的(描写)

2009年11月12日

小説技術メモ/黙説法[レティサンス]

今まで、黙説法[レティサンス]といえば、
文脈の穴埋めをさせれば良いとだけ考えていた。
でも他の手段があった。

例えば、作中の質問に対して、作者はあえて答えを用意しない。
そうすることで読者は自分なりの答えを、各々で出すことになる。
これもひとつの、だが立派な黙説法なのだろう。
posted by はまさん at 00:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 文学的(描写)

2009年10月22日

小説技術メモ/大げさなものの描写

 以前紹介させてもらった、「広さ描写」から思いついた技法になります。

 物語におけるスピードの描写法について考えごとをしていた時のことだ。
 いくら早いスピードでも、同じ調子で続けば単調になってしまう。例えるなら、猛スピードで走る新幹線も、中に乗ってしまえば、立ち止まっているのと同じになってしまうようなものだろう。

 ここでボクはふと「広さ描写」のことを思い出した。例えば、「広さ」を描写したいのなら、その前に「狭さ」を描いておくべきである。
 ならば、読者に「早さ」を感じさせたいのならば、「早さ」の凄さが問題なのではない。必要なのは緩急の差なのではないか。
 つまり「遅さ」により「早さ」は強調できるのだ。

 これを他に応用すると……
 いま自分がいる崖の高さを描写するには、どうすれば良いか。崖下をのぞき込んだ深淵が、いかに低いかを描けば良い。
 怪獣の巨大さを描くには、どうすれば良いか。怪獣に対して周囲のビルが小さく見えれば、怪獣が巨大に見える。

 要は、描写のモチーフに対して、マイナスの比較対象を作ることで、《ほのめかす描写》を行う。モチーフの主旨を強調しよう、という理屈だ。

 描写の焦点を絶対なものとして捉えるのではない。相対化することで描かれるものもある。「見る」描写ではない。「見られる」ことを通しての間接的な描写法……。
 これは、単純だが深い技法かもしれない。
posted by はまさん at 23:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 文学的(描写)

2009年09月26日

《広さ》の描写に関する覚え書き

 皆さん、《広さ》ってどう描写していますか? どうも、空間描写大好き人間です。(ここまでが挨拶)

 小説において《広さ》というものは、案外と使う機会があります。これが映画だと、感動的なシーンに使われたりするのですね。
 ところが、小説でこの《広さ》というものを描写しようと思ったら、難しいことを思い知らされるはずです。

 というわけで今回は、ボクが使っている《広さ》描写のやり方について紹介しようと思いますが……正直ボクも《広さ》については、勘でやっている部分が大きい。説明しきる自信がありません。
 ですから、申し訳ない。「こんなのもあるんだ」程度に捉えておいてくださいね。



■面積を表現
 まず考えられるのが《広さ》を他の基準で置き換える手法です。
 例えば「坪」や「平方メートル」など、広さを数値で表す単位があります。しかし小説描写では具体的すぎる数値を出されも、感覚的には分かりづらい。

 そこで次に使われるのが「東京ドーム何個分」というように、実際に存在するモノに置き換える手法です。
 似たような手法として、「隣村まで歩いて三日」というように、登場人物の演技[パントマイム]で表現する手法があります。

 確かに、モノに置き換える手法ならば、確かに多少は《広さ》が理解しやすくなります。
 ここで皆さんに思い出して欲しいのは、描写の基礎その1である「そのものズバリを言及するのではなく、ほのめかす」ということです。

 《ほのめかす》ということから考えると、数値や単位では、小説として駄目ということが分かります。
 でも正直なところ、ボクとしては「東京ドーム何個分」とモノに置き換える手法も、まだまだ不足。パントマイムでようやく普通といったところでしょうか。
 厳しいですけど。

 なぜ、そんな採点になってしまうのかというと。以上の手法では、単なる面積の説明に過ぎないのです。空間の《広さ》は感じられない。
 更に贅沢な要求をするのならば、《広さ》だけで読者を感動させることは、こんな手法だと不可能だと思うのです。

 その意味で、パントマイムでの《広さ描写》は、まだマシな方でしょう。物語の一部として、読ませることができますから。
 というよりも実は、パントマイムよりも、登場人物の移動の方が効果が大きく重要なのですけどね。
 でも移動描写に関しては今回、省略しときます。前やった気もするし。



■視点の遠近で表現
 そこで登場するのが、描写の基本その2「描写の主体を常に意識する」というもの。つまりは視点だ。
 でボクのオリジナル技法を軽く紹介しようと思います。

 まず、文章というものは《線条性》の特性を持つから、というわけでもないのでしょうが。文章でいきなり《広さ》を表現するのは、経験上の結論ではありますが、難しいです。

 一文では基本的に、いちモチーフしか伝えられません。ゆえに一文だけでは、どうも《まなざし》が一方向にしか向いてくれない。
 対して《広さ》には「タテ×ヨコ」と最低でも二方向以上の《まなざし》が必要となってくる。「どこを見る」という、中心がないゆえの《広さ》だから、ですね。

 ただし、一方向だというならば、距離の遠近は描写可能です。
 そこで風景描写をする際、モチーフと主体との関係性を同時に演出。すると彼我の距離における遠近も描写されます。はい、これで空間の《奥行き》ができました。
 この《奥行き》をx軸とすると。今度は空間の《幅》として、異なるy軸が必要となってきます。そこで同じ風景描写でも別のモチーフを挙げつつ、やはり先程の要領でもって、距離の遠近を描写する。
 すると、x軸にy軸の間に存在する点が、焦点子として浮かび上がってきます。
 以上で《空間描写》のできあがり。まさしく三人称だからこそ、の真骨頂!

 さらには《高さ》というz軸を加えてみたり。また殺陣だと、相手の位置関係や、移動という要素まで加わってきます。
 おかげで処理する情報量は乗算的に倍プッシュ。
 
 ……と。説明はしてみたものの、何をいっているのか。多分、分からないと思います。ボクも勘でやってて、技術として熟成できていませんし。だから、使うのは可能だが、理解はしていない状態。

 実例は当ブログの過去ログを勝手に参照しやがって下さい。実はとっくに、コッソリと使っています。
 今回のために、わざわざ実例を作る気は、正直ない。アレは面倒くさいにも程がある。そのくせ、基本的には「読者が気づかないうちに影響を与える」というたぐいの技法なため、実入りは少ないし。
 二度とやるか。



■内容そのもので表現
 てなわけで、そこそこ簡単な方法〜。
 《狭い》の後に《広い》が来ると人は、空間が広がったかのような錯覚を感じるわけですよ。
《実例》
「トンネルを抜けるとそこは雪国だった」

 そして文章で《広さ》を描くことは難しくても、《狭さ》ならば、案外と簡単に説明できます。
 なにせ、焦点子が手の届く限り、ほとんど全てを把握可能であってこその、《狭さ》ですからね。

 また、この《狭さ》は空間だけではなく。心理的なものでもOKです。風景描写と一緒にやれば、きっと効果的でしょうね。
《実例》
うつむく→見上げる
落ち込む→気が晴れる
行き詰まり→新たな状況に転じる
絶望に打ちひしがれる→希望を見いだす




■まとめ
 と、まー。単位、移動、視点、内容と。以上、複数の技法を併用が妥当なところでしょう。
 果ては《広さ》の描写だけで読者を感動させるのも、不可能ではないはずです。

 後は何だ。各人テキトーに、ええ塩梅で頑張れ!
(↑勘でやった結果がこれだよ!)
posted by はまさん at 20:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 文学的(描写)

2009年06月10日

高度な技法:黙説法[レティサンス](後編)

前回分はこちら

■黙説法の応用法
 黙説法の使い途は、文章描写に限りません。

 まず分かりやすいところでは、シーンの黙説法化ということが考えられます。
 例えばラブシーンで、恋人たちがキスをしている。その後、何があったのか詳細が省略され、代わりに時間経過だけが報告される。そして恋人たちの衣服が乱れていたら、どうなるか。
 省略により妄想を膨らませ、「何かあったのか?」いやむしろ「むしろヤったな?」という感想を読者に与えることができる。
 そういえば《朝チュン》なんて造語も存在しますしね。
朝チュン あさちゅん (マンガ)
小説・漫画等で性行為を描く際、セックス描写を詳しくしないまま、行為があったという事実だけ伝えてシーンを切り替えること。暗転からいきなり朝を迎えるため、この名がついたと思われる。『チュン』はスズメの鳴き声という説が根強い。
(はてなキーワードより)

 そして、これは小説でないと不可能な技法になります。
 受け身の主体を強調することで、そこに書いていない動作の主体を感じさせる。そこにはないものを、そこにあるように書いてしまう。描かれている内容の現実にはないものを、文の動きの中に漂わせる。
 どのような使い方をするのか。これもまたラブシーンの例で申し訳ない。男と女のセックスシーンで、女の状態を描写することで、男の行為もわからせることが出来ます。逆もまた可能でしょう。
 ちなみに……この使い方の実例文は自重させてもらいますよ?

 また黙説法に限らず、ひとつの技法は物語の様々な階層において使うことが可能である、ということを忘れてはいけません。物語の設定レベル、関係性と存在で、使うとどうなるのか。
 例えば魔王がいて、とらわれの姫がいる。ならば勇者もいなくてはならないだろう、ということになります。
 あるべきものが語られないことで、予想されてしまう。これもまた黙説法的なやり方といえるかもしれません。



■黙説法の注意点
 ずっと紹介させてもらって悪いのですが。黙説法とは本っっっ当に、使いどころの少ない技法です。恐らくは、まず滅多に使う機会もないでしょう。実はボクも練習はしたし、研究もした。ですが実戦で黙説法を使った経験はありません。
 なぜなら技というのは、使うべき時が来たら自然と出てくるものであって。使うぞ、使うぞ、と考えながら使うべきものではないからです。ゆえに機会がなかったので、使ったこともなかった。
 それを、せっかく知ったのだからと無理に使おうとしたら、どうなるか。

 ありがちな黙説法の失敗としては、単なる説明不足になってしまう、ということがあります。
 「書かない」のと「説明しない」のとは全く違います。いくつもの解釈が可能なうちは、まだダメ。黙説法を使った箇所の解釈は、ひとつに絞っておきましょう。でないと読者が確実に混乱します。それこそ、後で「正解」を明かしてしまうくらいが丁度良いかもしれません。
 黙説法とは、読者の存在そのものを媒介することによって、はじめて完成する技法なのである。読者に頼りすぎない。これが黙説法における、最大の注意点となります。……ただ表現なんてもの、読者がいて成り立つのは、当たり前の話ではあるのですけどね。

 加えて、黙説法を使いたいというのならば、使うまでの伏線が大事だと心得てください。
 くれぐれも安易に多用しない。黙説法を使うその一点のため、作品の最初から最後まで仕掛けを作ることになるはずです。

 ……おかげで黙説法とは、滅多に使い途のない技法となっています。使えたとしても良いところ、一作に一回のみ。
 本当に小細工としかいいようのない技法なのです。



■黙説法の意義
 ですがボクはこの黙説法という、小細工にしかならない技法が好きです。
 なぜなら黙説法の存在は、果たして表現とは何なのか? その本質を教えてくれる気がするからです。

 「何も出来ない」人間には、「何もしない」という一個の選択肢しか与えられません。ですがそれは「選択しない」のではない。ただ単に「選択出来ない」というだけに過ぎない。そこに自由意思は介在しません。
 しかし「文章が書ける」人間には、「あえて書かない」という選択肢が与えられるようになります。「あえて書かない」というのも、多くある表現方法のひとつなのです。

 例えば、大声を上げて人を驚かせるには、前後に静寂が必要です。同じように「説明しない」・「書かない」という選択肢を、あえて採る場合だってある。
 実在に対する不在、空白、ポジに対するネガ、沈黙の語り、言及の不可能性……沈黙にも意味があります。そして、沈黙に意味を付加させるのが黙説法という技法である。
 ならば沈黙によって、何を語るのか。何が語れるのか。

 技法としては使う機会がなくとも。表現者ならば、憶えて損はない概念だと思いますよ。


以上!
posted by はまさん at 23:31| Comment(0) | TrackBack(0) | 文学的(描写)