2009年04月27日

小説書きのための構造主義(25)

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■相対と絶対(4)

 書き手には相対と絶対、両方が必要である。ところが人間、やはり自分にとって都合の良いものしか見たくないもの。絶対は絶対でも、「何があっても揺るがない確たる信念」なんて、誰でも持てるものではない。そこで皆どうしても、自分にとって都合が良いだけの、「安っぽい絶対的」なものの見方になってしまいがちだ。
 ましてや、他人の視線まで気にしなくてはならない、相対的なものの見方など、誰にでも出来るというものではない。しかし構造主義的な思考には、相対的な視点こそが必要となってくる。
 我々は普段から、相対的なものの見方を意識しなければならないのだ。でないと構造主義的な思考など、身につくものではない。

 構造主義的な思考とは自らが、多くある中の、ありふれたひとつに過ぎないと知ること。パターンを見抜くことだ。
 そのためには、《多く》の中で埋もれた、もっとも重要な《1》を見つけなければならない。そして《1》を見抜くには、《多く》の大半を構成する、重要ではない些細なその他を排除する作業が必要だ。

 すると相対的なものの見方では、相手の立場になって考えるので。自然と、自らが《多くの中の1》に過ぎないと知ることができるだろう。
 だが絶対的なものの見方では、自分にとって大事な《1》しか見えなくなってしまう。すると些細な差異に囚われて、その背後にあるパターンを見抜けなくなってしまうのだ。

 というわけで次は、相対的なものの見方を踏まえた上で、《大事な1》を見抜くための発想が必要となってくる。
 今まで長い前振りで申し訳なかったのだが。このための発想……《上位概念》と《抽象化》を身に付けさえすれば、今度という今度こそ、物語の構造とは何なのか。理解できてくるだろう。

つづく
posted by はまさん at 23:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 連載:構造主義教室
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