2007年02月24日

「個性を伸ばす=ゆとり教育」にツッコミを入れておく 第1回

 はま受験を書くために調べ物をしていると、気が付けば、なんだか教育論に関して詳しくなってしまいまして。せっかく得た知識がもったいないので、今のうちにエッセイ化させてもらいます。ただし「文学者が語る教育論」と言うスタンスは変わらない……つもり。
 それから、もー面倒臭いし関連していないわけでもないので、このエッセイ連載は「はま受験」のカテゴリにさせて貰います。ただ連載と言っても、さっさと終わらせます。今度こそ。
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目次 : 第1回 第2回 第3回 第4回
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■戦争が現代教育を作り上げた

 又聞きの知識で悪いんですが。
 現代教育のシステムは、産業革命時にその雛形が出来上がったそうです。それまでは封建社会で、牧畜か農業が主な産業だった。必要な知識は村の教会に集まって牧師様に教わる。でも、日の出と共に仕事を始めて日没と共に仕事を終える、と言うマイペースな人間ばかりでは、大量消費社会に合いませんでした。大量消費社会で求められるのは、同じ品質の製品が作れることです。そこで大量消費社会を担う工場作業者として、社会は「誰とも同じことが出来る」人材を求めるようになりました。

 しかも、産業革命の頃から戦争の形態が変わってくることなります。
 封建社会の頃まで戦争は、例えば騎士や職業軍人など、貴族階級の役割でした。なぜならそれまでの武器・兵器を使用するには、長期間の訓練が必要だったからです。つまりは、幼い頃から武芸の稽古を受けた人間でないと、とてもではないが戦争い参加できなかった。貴族は生まれつき貴族の家系ゆえに特権を持っているのではないのです。戦士階級は幼少より特別な教育を受けている。そうした特別なスキルを受け継いでいるがゆえの、特権なのです。
 しかし科学技術の発達により、兵器も発達する。特に火薬の発明です。火薬を使った兵器により、誰にでも簡単に人を殺せるようになってしまった。それこそ無双を謳われた勇者であっても、卑怯者が放った一発の弾丸によって殺されてしまう。こうして、兵器さえ持っていれば、少しの訓練しか受けていない民兵でも戦争に参加できるようになりました。戦争の中心は、騎士から民兵へと移り変わることとなります。階級制度の崩壊した、平等社会が誕生した瞬間です。

 兵隊を育てるための軍隊教育に必要なのは、規律の正しさです。すると社会全体として、集団生活の出来る協調性を持った人材のニーズが激増することとなりました。
 実は兵隊とは本来、騎士の代わり、ですから就職先として待遇は悪くなかった。特に下層階級の生まれから逃げるためには、国の支援で教育を受けて、兵隊になるのが定番の最短コースだった。ならば親だって自分の子供を、社会的に有用な大人にして、少しでも良い職にありつけるようにさせたい、と言うのが人情でしょう。
 これは日本も似たようなものですね。特に明治時代以降。明治政府は欧米列強の侵略に対抗するため、富国強兵政策を打ち出すこととなります。そして富国強兵政策の要となるのは、まさに工業力と軍事力でした。つまりは、少しでも練度の高い兵隊と工場作業員が、少しでも大勢必要とされていたわけです。

 需要があれば供給も生まれるのものです。教育の目的は、社会にとって有益な人材の育成ですから。以上のような事情が重なり合って、協調性と集団行動を目指す管理教育のシステムが完成することとなりました。これが現代にまで至る教育システムの原形と言うことになります。そして日本も明治時代、欧米から管理教育システムを導入することとなります。
 ですから現代日本教育の本質とは、ゆとりだ何だと叫んだところで、基本的には管理教育です。よほど大胆な構造改革でもしない限り、この性質は絶対に変わることはありません。

 ……そして、百年くらいの時が過ぎました。
 実は今の時代って、産業革命から続いた大量消費社会が終わろうとしているそうです。と言っても、大量消費型の工業システムがなくなると言うわけではありません。「大量消費」のための生産活動が、最高の価値でなくなると言うだけの話です。理由は簡単。儲かるからって、みんながみんなで大量消費型工業生産をやっていたら、モノが溢れてしまい、儲けが少なくなってきたんですね。それこそ、大量消費される商品の工場なら、人件費の安い発展途上国に作った方が安上がりになっちゃう。

 じゃあ、これからの時代で何を作れば一番儲かるのか。それはズバリ、他人に真似できない商品です。例えば、イタリアって政治は腐敗しているし産業も国際化の波がどうとかでズタボロ。でも伝統的に芸術が発達している国なので、とてもデザインに優れた商品を次々と作っている。その意味では景気は悪くないとか。
 あとデザインと言えば、中国で最も売れている烏龍茶って実は、日本製なんだそうです。売れている理由は、デザイン性の美しさと、製品的な信頼性。つまりはブランド力の差ですね。

 そんなこんなで、これからの社会に求められる人材とは、次世代のブランドを築き上げられるような、個性のある人間と言うことになります。他の人と同じことしか出来ない、協調性以外に取り柄のない人間は、低賃金で働けってことですね。「格差社会」って言葉を良く耳にしますが、その格差社会がやってきているのは、そんな事情「も」あってのことだそうです。
 と、ここまでが予備知識となる前振りです。




 余談ですが。実は封建時代まで、戦争による非戦闘員の被害は、ごくごく少ないものでした。ところが火薬による兵器の発明は結果、軍人以外の戦争被害者、すなわち一般市民の被害者を激増させることとなります。なにしろ敵国の軍事力を壊滅させるためには、同時に工業生産力を壊滅させなくてはいけませんから。戦争の目的は、虐殺、ジェノサイド、ミナゴロシとなりました。
 戦士階級が崩壊し平等な社会が到来した代わりに、全ての国民が年齢性別の差なく殺される時代の到来です。めでたくなし。
posted by はまさん at 00:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 連載:はま受験(完)
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