2018年02月22日

読了『遊戯の起源』増川宏一

 遊びが人類史の中でどう生まれ、洗練されていったか。
 例えば初期の遊びには、的当てや釣りといった、狩猟の真似事が多くあった。それが戦争の真似事としての遊戯になり。スポーツ競技として、社会的には無為な、つまりは「遊び」になったという。
 なるほど。確かに玩具には兵器を模したものが多い。

 またルールの洗練史も面白かった。古代のジャンケンなんて、今でも面白そうだ。
posted by はまさん at 00:04| Comment(0) | 感想的(歴史)

2018年02月21日

読了『おうちでできるモンテッソーリの子育て』

 将棋で有名になった某プロが受けていた、というので脚光を浴びた教育法なのだけど。それはそれとして。身近で知っている子が、どうもこんな感じの教育法の幼稚園に通っているっぽい。それで興味が出たので読むことに。

 なぜ、こうした自主性を重視する教育法が、現代にこそ求められているのか。
 現代というのは未来が不確定すぎて、分からない。未来が分からないということは、子供にどんな教育を施せば良いのか分からない、ということだ。良い大学に入れれば将来安泰、なんて遠い過去の話だ。

 じゃあどうするか。せめて、その時その時で子供が時代に適応できる能力が必要だ。そこで希望を持てる教育ということになる。
 希望といってもフワフワしたものじゃない。今の自分がどうなっているのか、未来の自分がどうなるか、と考える想像力こそが希望につながる。

 では想像力とはどう身につけるのか。想像力といってもゼロから生まれるものではない。
 肌で味わった身近な、そして様々な体験。そして小さな成功体験の積み重ねによる自己肯定感。
 このふたつの記憶こそが、想像力となる。……これはなかなかに説得力があるんじゃなかろうか。

 時代が怒濤の勢いで変化する中。公教育だけが、無料化だ、予算削減だ、と金の話をするだけで。内容まで変わっている気がしない。
 早くから英語を教えよう、プログラミングを教えよう、といったって。それは将来の安価な労働者を大量生産するためだよね? としか思えないし。

 経済格差による教育格差とはもしかして。裕福な家ではこうした進歩的で手厚い教育を受けているのに対して。公教育が遅れているから、生まれているものじゃなかろうか。
 そう考えさせられてしまった。

posted by はまさん at 23:58| Comment(0) | 感想的(その他)

2018年02月20日

読了『辛くならない絵の描き方』松村上久郎

 これは確かに絵の技術書ではある。だが、上手くなるためのものではない。絵を楽しむための技術書だ。
 「上手になる」は本書だと、「続ける」の下に位置づけられている。

 絵以外にも、創作全般に言えることが多く書かれている。初心に返るための、良書ではないだろうか。
posted by はまさん at 23:20| Comment(0) | 感想的(美術)

2018年02月19日

読了『落語でつかむ話し方の極意』立川こはる・野村亮太


 「落語をやる」というのは玄人だけの話であって、我々素人は大人しく聞くもの、というイメージがあったけれど。
 なんと本書は、素人が「落語をやる」ための本。しかも「落語をやる」ことを通して、普段の話術に使えるようにしてくれている。

 読むと、どこで「間」を作るのか、具体例も教えてくれる。実際のやり方もある。
 ボクはこれで初めて「間」について分かった気がする。
 なんとも親切で、珍しい本じゃなかろうか。

posted by はまさん at 22:43| Comment(0) | 感想的(作劇・文学論)