2016年09月28日

読了『スライムに転生した件』伏瀬

 「初心を忘れる」これは、なろう作品共通の構造的問題なのかもしれない。
 最弱モンスターであるスライムに転生した。これが物語の起点であり、読者が興味を持つ「釣り針」であったはず。ところが最弱だったのは、本当に最初の一瞬のみ。どんどん五感は得られる。スライムに関係ないモンスターのスキルはゲット。更には人の姿に変身できるようになっちゃうので、早々にスライム成分すら、物語に関係なくなる。
 それでも一応、オークロード戦までは「スライムっぽさ」が残っていたんだがなあ。

 また物語の構成だが。「あらかじめスキルを得る→問題が起こっても解決」という繰り返しなのは、もっと工夫の余地があるのでは。
 そのスキルや魔法に関しても。一体、スキルとは何なのか、魔法とな何なのか、説明がない。つまりは作者の「俺ゲーム」の中でルールが展開するので、どうとでも解釈できてしまい、読者の参加のい余地が少なくなっていないか。

 全体の構成も、なろう作品おなじみの「辻褄合わせシークエンス」を途中に挿入してしまい、全て解説したからと終わってしまったのだが。ボクは解説を読んでも、ややこしくて把握できなかった。

 こうした減点はあるのだが。それを脇役キャラの魅力で押し切っている感がある。それはそれで凄いのかもしれない。実際にワンシーンのみを見ての「ライブ感」は素晴らしいものがある。
 ただボクなんかは途中で「そういや……最近、脇役が戦ってばかりで、主人公が出てねえな」と我に返ったりしちゃったのだけど。

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posted by はまさん at 00:22| Comment(0) | 感想的(小説)

2016年09月27日

読了『グッとくる映像にはルールがある 表現の技術』高崎卓馬

 つまりは「そういう仕事」の筆者が、先輩から教えられてきた仕事のノウハウをまとめたノートを、そのままに出版したのだろうな、という印象。
 確かに「仕事ノート」としては、まとまっているのかもしれない。しかし本として全体を見ると、ひとつひとつの項目がバラバラでまとまりがない。だからこれは本として書かれたのではない、本当に単なるノートだったのだろうな、と思わせる。

 そしてこれが致命的なのだが。「船とプロット」やタイムテーブルなど。内容の大半が、どこからかの引用なのだ。
 ならば本来は引用元の記述が必要なのだが。本書にはそんなこと、書かれていない。それをね、さも自分で考えたかのように、本にしちゃ駄目だろうと。
 せめて自分の考えとして、各々の教えを咀嚼してから本にして欲しかった。

posted by はまさん at 23:34| Comment(0) | 感想的(作劇・文学論)

2016年09月26日

読了『無職転生』理不尽な孫の手

 異世界転生ものには、ひとつの問題があると思っている。物語が展開すると、チートとかモチベーションといった「最初の設定・動機」が意味を失ってくる。つまり、その世界にとって特別だった主人公が、やがてフツーの存在になってしまう。
 すると途端に「チートで俺TUEE」は「フツーのファンタジー小説」になってしまうのだ。その点、本作にも「最初の設定」は物語が進むにつれ失われてゆく。だがモチベーションだけは、ちゃんと一貫したのは評価できる点だ。

 ただし最初の、書く「思いつき」の段階で、恐らくはゴールまでの全体像は考えられてなかったのだろうな、とボクは予想する。読んでいて、書きながら設定を増築していったのであろう、ツギハギ感がどうしても否めなかった。
 実際に、あの設定はどうした、この設定はどうなった、と回収されていない「余った」伏線がたくさんあるからだ。
 最終的に、本作は「脇役の物語だった」となっているのも。最初からのコンセプトではない。結果論なのだろう。

 特に後半の決戦近くになると、破綻の大きさはMAXになる。よくぞ気合いで乗り越えたものだ。
 ……と完成度は決して高くない作品だ。ならばボクは批判したいのかというと、そんなことはない。むしろボクはこの作品を評価する。なぜなら減点を大きく上回る、加点があると思っているからだ。

 この作品のテーマをあえて挙げるなら「明日から本気出す」そして、その「明日」が今この時であるということになるだろう。
 異世界に転生した結果、主人公は多少のTUEEなら手に入れた。しかし世界にはもっとTUEEヤツが、上には上がいて限りがない。上を見ても下を見ても挫折しそうになる。そこは転生前のニート期と変わりない。
 だが物語中で主人公はそのたびに、後悔と再起を繰り返す。結果、この長大な物語はフラクタルな構造を得るに至っている。

 少年編、青年編と時系列を重ねながら。その度に、仲間のキャラクターA・B・Cそれぞれの物語が描かれる。つまりは

少年編(A・B・C)

青年編(A・B・C)


 というように同じモチーフを、時系列と舞台を変えながら、物語が進む。同じ構造の物語を繰り返しながらも、時は進む。ゆえのフラクタル構造。
 恐らく作者はエタらないよう、必死で書いたのだろう。その結果、たまたま得た構造なのだろう。
 だが、よくぞここまでに至ったと関心する。これこそ長編の醍醐味だ。

 するとオルステッドの「秘密」と、今度こそ次はないと足掻く主人公とが、対比関係に見える。
 そして失敗し後悔しながらも進む主人公の姿は、エタらないよう書く作者とダブって見えてしまう。

 そうして最終的に、文章に魂のこもる瞬間が確かに訪れている。これは滅多にないことだ。
 ストーリーテラーには、ひとつの欲望がある。「人ひとりの人生を丸ごと描きたい」という。本作の作者も生粋のストーリーテラーではあったのだろう。だから設定は破綻もしたが、情念もこもった。

 小説書きを自動車に喩えるならば、力を伝える技巧は車体で、力を生むエンジンは情熱だとしよう。
 本作は、車体の不調という困難すら乗り越え、パッションでゴールまで走りきった。その姿には素直に拍手を送りたいのである。

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posted by はまさん at 00:53| Comment(0) | 感想的(小説)

2016年09月25日

読了『右?左?のふしぎ』ヘンリー・ブルンナー

 サイエンス本かと思ったら、「左右」に関する自然物および芸術作品の博学的な紹介本だった。
 鏡面とは、対称性とは、について興味を持っていたので読む。

 で、読んで分かったこと。
 なんで左右があるのか。……これはもう「そんなもの」であって、理由などない。ただ左右のあるために、起こる様々の結果があるだけなのだなあ。
 と、そんな印象を得た。

posted by はまさん at 22:41| Comment(0) | 感想的(サイエンス)

2016年09月23日

読了『最強のコミュニケーション ツッコミ術』村瀬健

 テレビのお笑いも、ある程度は知っていたつもりだったが。こうして細部まで列挙・分析されると、改めて気づかされることが多いのに驚く。

 また「日常生活にはボケよりも、ツッコミこそ必要である」という作者の主張など。なるほどと感じさせるのは、作者がツッコミを技術から思想の域にまで昇華させているからなのだろう。
 よくぞここまで分析したと関心させられる一冊。

posted by はまさん at 23:45| Comment(0) | 感想的(作劇・文学論)